「十三型って、本当に難しいですよね」
後稽古で杖(『杖〜じょう〜』(前編)参照)を振りながら、白帯の青年は言いました。
彼は、この春の昇級審査で3級になったばかり。
毎回欠かさず稽古に出て、自前の杖を買って、家の庭先で毎日振っている熱心な人。
有段者になるのも時間の問題でしょう。
「やっぱり、家で毎日杖振ってる人は、違うよね。私も台所で、モップの柄振り回してるけど、どうしても、曖昧なところがあるもん」
私がほめると、彼は眉をへの字にして言いました。
「僕、全然うまくなくて。○○先生に「それじゃ、実戦で斬られるぞ」と叱られました」
「○○師範(『合気道へ』(中編)に登場)直伝なんだ。うまい方だと思うよ。でも、まあ、実戦の場合は、いきなりピストル撃つ方が早いから。あまり気にせんでも」
慰めたつもりでしたが、「物騒なこと言わはりますね」と呆れられてしまいました。
今時「杖を持った相手が襲ってくること」は考えられないので、杖の稽古を積極的にする道場はすくないようですが。
ただし、杖が実戦で使われた場合、ナイフや鉄パイプよりも恐ろしい武器になります。
現在、合気道で使われる杖の型「13の杖」と「31の杖」。
合気道で現存している杖の型では、これが一般的。(詳細は『杖と茶帯』(後編)にて)
開祖・植芝盛平翁の杖の技法を継承し、「13の杖」「31の杖」として集大成された、茨城県岩間道場の斎藤守弘師範ご自身は「この型は初心者向けです。これは入り口に過ぎません」というようなことを、ビデオの中でおっしゃっていました。
先日、英信流居合道の使い手の若者(『帰還』(前編)などで活躍)が、「秘蔵映像ですよ」と言って貸してくれたビデオ『植芝盛平と合気道』(全5巻・合気ニュース社制作)。
開祖の戦前から晩年までの演武の映像記録ですが、それを見ていると、よく杖が出てきます。
古い映像なので不鮮明ですが、「13の杖」とも「31の杖」とも違うような気がしました。
どうやら合気道の杖の型は色々とあるらしい。
貴重なものなのですが、なにしろ不鮮明な映像で、かなり見づらい。
杖の型の分解写真が載った本があればいいのに……見取り稽古の苦手な私は、つい思ってしまいます。
ところで、合気道の総合情報サイト『合氣道ねっと』の掲示板を見ていると、他道場では、杖の型をまったく知らないまま、2段になってしまう人もいるようです。
杖取り技(杖で突いてきた相手の杖を取りあげる技)は、3段の昇段審査に出ることが多いので、2段になっても杖の型を知らない……それはありうる話です。
杖を使ったことがない合気道家が、インターネットで杖の存在を知り、驚いて情報収集。
おかげで、この武道系コラムでも「杖」に関する記事の人気が高いのです。
杖の稽古をするかどうかは、それぞれの道場の指導者のお考えによりますが……。
私個人は「できれば杖の稽古はした方がいい」と思います。
自宅の台所で、短いモップを振り回して十三型の稽古をはじめてから、体の中心軸が定まってきて、心なしか、それが技にも反映してきたようなので。
さて、私も彼と一緒に、十三型をやってみましたが、毎日稽古していても「狭い台所でモップの柄」と「庭先で自前の杖」では、上達に差が出てきてしまいますね。
彼にくらべると、どうしても動きがギクシャクしています。
「なかなか難しいね」と二人で言い合っていると……。
「ほほう。十三型か。なつかしいなあ」
声をかけてきたのは、年配の6段(師範位)の有段者。
普段は大阪市内の支部道場で合気道を指導されている方。
「ちょっと貸してくれないかね」
「△△先生。どうぞ」
青年が杖を渡すと、△△師範は、長さ128センチ、直径2.8センチの杖を軽々と振り回し、いくつかの杖の型を見せてくださいました。
なめらかで美しい杖さばき。
杖に振り回され気味の私や、杖を棒のように振り回す青年の動きとはくらべものになりません。
「今では杖をする機会は、ほとんどないからねえ」
型を見せてくださった後、さびしげな口調で呟いた△△師範に、私は言いました。
「そうでもないですよ。先日は、スポーツ教室で杖の十三型、やりました」
△△師範は、目を大きく見開きました。
「□□先生が? 珍しいことだな」
「でも、スポーツ教室では、杖やることがないから、みんな苦戦していましたよ」
「そりゃそうだろうな。いきなり杖やったら、初心者は、さぞ困ってただろう」
△△師範は苦笑しました。
この時のスポーツ教室の稽古、私も参加していたのですが、杖を家で練習している人以外は、みんな杖の重みで思うように動けず、杖をまっすぐ突くことさえできない状態。
初心者たちは、杖を持ったまま呆然としていました。
私は家で杖を練習しているので、なんとか稽古についていくことができましたが……。
型のいくつかは、曖昧にしまっていて、一人稽古の限界を痛感しました。
杖の稽古後、□□師範は「合気道には、こういうものもあるのです」と説明されました。
白帯(5級〜3級の人)や初心者の人たちは、ショックを受けた様子でしたが。
これをきっかけに、初心者や白帯の人たちも、普段の稽古とは違う合気道の一面を知り、合気道を深く学ぶことができるかもしれません。
「そうだ。ちょうど二人いるから、杖合わせ、やってみようか」
△△師範の提案で、私と青年は杖を構えて向き合いました。
杖合わせは、二人一組、4つの型を繰り返し、同じ動作、同じタイミングで杖を打ち合わせる稽古。
二人とも最初はタイミングがつかめず、私の杖が宙を切ったり、青年の杖の先が畳に当たったりで大苦戦。
でも、何度も稽古をくりかえしているうちに、タイミングが合ってきて、うまく杖を合わせられるようになりました。
ただ杖を合わせているだけなのに、なぜか楽しい。
「二人とも、なかなかうまいじゃないか……どうだい。杖って、面白いだろう」
「はい」
私と青年は同時に答えました。
「実用どうこうじゃないけどね。杖ができると、合気道が、ますます楽しくなるんだよ」
△△先生は、にこにこしながらおっしゃいました。
今の合気道は、素手で行なう技ばかりですが、木剣や杖を使うことは、「合気道の技の原型、自分が今やっている技の意味」を知るよい機会でもあります。
しかし、現在、合気道から消えかけている杖の技法。
「13の杖」や「31の杖」以外から、杖を学ぶ方法は……実は、ないわけでもないのです。
……次回へ続く……
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2008年05月10日
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